大阪地方裁判所 昭和36年(ワ)4842号 判決 1965年1月25日
原告 石之電気株式会社
被告 株式会社日本電気産業
主文
一、被告は、原告に対し、金一、六三六、二三一円とこれに対する昭和三四年一二月三一日から右完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
三、この判決は、原告が金三〇〇、〇〇〇円相当の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
第一原告の申立と主張
原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決および仮執行の宣言を求め、その請求原因ならびに被告の抗弁に対する答弁として、次のように述べた。
一、原告は、電線、電纜ならびに電気器具の販売等を目的とする株式会社、訴外株式会社日本電気産業社(以下訴外会社という。)は、電気工事の請負等を営んでいるものであるが、原告は、訴外会社に対し、昭和三三年九月九日から同三四年一〇月一二日までの間に、代金合計金五、七四〇、〇八一円相当の電線等を売り渡した。
二、そして訴外会社は、昭和三四年一〇月一二日までに、計金三、五四四、五八二円を、また同年一一月五日には金三八〇、〇〇〇円を支払つたが、
(一) 残りの売掛代金一、八一五、四九九円は、訴外会社の第二会社として昭和三四年一一月一〇日設立された被告会社が重畳的にこれを引受け、
(二) 仮にそうでないとしても、被告会社は、右のように訴外会社の第二会社として設立されたものであるところ、被告会社は、営業目的、営業場所、代表取締役等を訴外会社と全く同じくするのみならず、その他の取締役ならびに監査役も全て訴外会社の取締役であり、従業員も訴外会社のそれをそのまゝ引継いで、訴外会社の営業を継続しているのであるから、被告会社は、訴外会社の営業譲渡を受けたものと言うべく、しかも「株式会社日本電気産業」なる被告会社の商号は、訴外会社の「株式会社日本電気産業社」なる商号と全く同一と言つていゝほどに極めて類似しておりこのような場合は商法第二六条第一項に言う「商号の続用」あるものと言うべきであるから、結局被告会社は、同法条の定むるところにより、訴外会社の上記売掛残代金債務を弁済すべき義務がある。
三、(一)ところが、被告会社は、その後昭和三四年一一月二五日から同三五年一二月三一日までの間に訴外会社の上記売掛残代金の内合計金一八〇、一五〇円を支払つたが、残金一、六三五、三四九円はいまだにその支払をしないし、
(二) また原告は、昭和三四年一二月七日被告会社に対し、代金合計金五二、九二〇円相当のトロリー電線を売り渡したが、被告会社は、翌八日内金五二、〇三八円を支払つたきりで、残金八八二円の支払をしない。
四、よつて原告は、被告会社に対し、上記引受売掛残代金一、六三五、三四九円と被告会社の売掛残代金八八二円合計金一、六三六、二三一円およびこれに対する最終の売渡日以後の日である昭和三四年一二月三一日から右完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
五、被告主張の営業譲渡無効の抗弁は否認する。
第二被告の申立と主張
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として、次のように主張し、抗弁した。
一、原告主張の請求原因事実中、原告および訴外会社がそれぞれ原告主張の如き営業を目的とする株式会社であることは認めるが、原告主張の営業譲渡の事実は否認し、その余の事実も全て争う。
二、仮に、原告主張の如き営業譲渡があつたとしても、右営業譲渡は、株主総会の特別決議を経ていないから、無効と解すべきである。
第三証拠<省略>
理由
一、原告ならびに訴外会社が、いずれも原告主張の如き営業を目的とする株式会社であることは、当事者間に争がなく、原告代表者本人尋問(第一回)の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第二ないし第四号証の各一、二、証人大川喜代子の証言(第一回)により成立の真正が認められる甲第七号証の一、二、証人大川喜代子(第一、二回)、同松本太一、同熊谷敬二郎(但し後記措信しない部分を除く)の各証言ならびに原告(第一、二回)および被告各代表者本人尋問の結果を総合すれば、原告は、訴外会社に対し、昭和三三年九月九日から同三四年一〇月一二日までの間に、代金合計金五、七四〇、〇八一円五〇銭相当の電線等を売り渡し、これに対し、訴外会社は、同年一一月五日までに原告主張の如く合計金三、九二四、五八二円を支払つている事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。
二、そこで次に、被告会社の支払責任について判断する。
(一) 原告は、まず、被告会社は、訴外会社の上記売掛残代金債務を重畳的に引受けたから、その支払義務がある旨主張するけれども、被告会社の右残代金債務引受の事実は、本件全証拠によつても、これを確認するに足りないから、原告の右主張は、これを容れることができない。
(二) よつて次に、原告主張の商法第二六条の規定に基ずく被告会社の支払責任について考えてみる。
(イ) 訴外会社の商号を「株式会社日本電気産業社」と言い被告会社が「株式会社日本電気産業」なる商号を使用していることは、被告の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなすべく、右事実に、成立に争のない甲第五、第八号証、証人松本太一、同熊谷敬二郎(但し後記措信しない部分を除く)の各証言ならびに原告(第一、二回)および被告代表者本人尋問の結果を総合すれば、訴外会社は商号を「株式会社日本電気産業社」と称し、昭和三二年五月二〇日設立以来本店所在地の大阪市天王寺区東上町八番地において、輸送機械設備の設計製作並に施行、電気工事並にネオン工事請負電気機器製作並に販売修理、電飾及び宣伝企画並に施行等の業務を営んでいたものであるが、業績不振のため、昭和三四年一〇月頃倒産して事実上解散し、その第二会社として同年一一月一〇日被告会社が「株式会社日本電気産業」なる商号で設立されるに至つたものであるところ、被告会社と訴外会社は営業場所、代表取締役等を全く同一にするばかりでなく、営業目的もほとんど変らず被告会社の取締役および監査役は全て訴外会社の取締役であり、店舗や施設、備品等はもちろんのこと、従業員もほとんど全員をそのまゝ、被告会社が引継いで訴外会社と同一営業を継続しているものであることを認めることができ、右認定事実によれば、名は、被告会社の新設とは言つても、経営の実体は従前と何ら変るところはなく、このような場合は、被告会社はその設立に際し、訴外会社から営業の譲渡を受けたものと推認するのを相当とし、右認定を左右するに足る証拠はない。
(ロ) しかして、訴外会社の商号を「株式会社日本電気産業社」と言い、被告会社が「株式会社日本電気産業」なる商号を使用していることはすでに認定のとおりであるが次に右の如き商号の使用関係が、商法第二六条に言う「商号の続用」に当るか、どうかについて検討するに、商法第二六条の法意は、営業の譲受人が、譲渡人の商号を続用する場合には、従前の営業上の債権者は、営業主の交替を容易に確知し得ないから新営業主を従前の営業主と信じて取引を続けるか、あるいはまた営業譲渡の事実を知り得ても、譲受人たる新営業主による旧債の引受があつたものと考え、いずれにしても、譲受人に対しては何時でも権利行使ができ得るものと信ずるのが常例であるとして、このような債権者の外観に対する信頼を保護せんとするに、その主旨があるものと解すべきところ、これを本件の場合について考えてみれば、上来認定の如き営業譲渡の実態を考慮に入れ、これに、訴外会社と被告会社の各商号を比較対照すれば、おのずと明らかなとおり、右各商号が全く同一と言つてもいゝほどに類似的に極めて近似している事実を合せ考えれば、他に特段の事情なき限り、従前から訴外会社と取引関係にあつた原告が、前認定の如き営業譲渡の事実を確知し得なかつたのも、まことに無理からぬものがあり、よしまた原告が右事実を知つていたとしても、被告会社において訴外会社の債務の引受があつたものと考え、何時でも被告会社に対して旧債の請求をなし得るものと信ずるのが取引の通例と言うべきであるから、本件の如き場合もまた商法第二六条第一項に言う「商号を続用する場合」に当るものと解するのを相当とする。
(ハ) そこで次に、被告の抗弁について考えてみるに、被告は、前記の営業譲渡は、株主総会の特別決議を経ていないから無効である旨抗弁し、なるほど証人熊谷敬二郎の証言(後記措信しない部分を除く)によれば、右特別決議を経ていないことも被告の言うとおりである。
しかし、商法第二六条第一項の営業譲受人の弁済責任が、上来説示の如く、債権者の外観に対する信頼の保護を基調として、商法上特に認められた所謂外観法理の現れと解すべきものであつてみれば、その営業譲渡が被告主張の如きかし(瑕疵)のため、本来なら無効であるべき場合にも、商法第二六条の関係においては、被告は、その無効を抗弁として、その責任を免れることはできないものと解するのを相当とし、したがつて被告の右抗弁は、これを容れるわけにはいかなぃ。
(三) してみれば、被告会社は、商法第二六条第一項により、前記認定の原告の訴外会社に対する売掛代金合計金五、七四〇、〇八一円五〇銭から訴外会社の支払済額合計金三、九二四、五八二円を差引いた残額金一、八一五、四九九円五〇銭の弁済責任を有しているものと言うべきところ、前掲の甲第三、第四号証の各一、二に証人大川喜代子の証言(第二回)を合せ考えれば、その後昭和三四年一一月二五日から同三五年一二月三一日までの間に、訴外会社か、被告会社の何れかから、右売掛残代金債務の内入として、合計金一八〇、一五〇円の入金があつたことが認められ、証人熊谷敬二郎の証言中右認定に牴触する部分はたやすく信用することはできないし、他に右認定を妨げるような証拠もないから、結局被告会社は、原告に対し、訴外会社の売掛残代金一、六三五、三四九円五〇銭の支払義務を負担しているものと言うべきである。
三、そこでさらに、被告会社自身に対する売掛代金の請求について判断するに、証人松本太一、同熊谷敬二郎(但し前記措信しない部分を除く)ならびに被告代表者本人の各供述を総合すると、さきに認定のように昭和三四年一〇月頃訴外会社が倒産し、その第二会社として同年一一月一〇日被告会社が設立されてからは、訴外会社の取引はなく、その後は専ら被告会社のみが原告と現金取引をしていたことが認められ、この事実に、前掲の甲第三号証の二ならびに原告代表者本人尋問(第一回)の結果を合せ考えれば、原告は、昭和三四年一二月七日被告会社に対して代金五二、九二〇円相当のトロリー電線を売り渡し、翌八日被告会社は、内金五二、〇三八円はこれを支払つたが、残りの金八八二円はいまだにその支払をしないことを認めることができ、これに反する証拠はなく、右認定事実によれば、被告会社は、原告に対し、右売掛残代金八八二円の支払義務を有していることが明らかである。
四、以上説示の次第によつて、被告会社は、原告に対し、原告が請求している同人の訴外会社に対する売掛残代金一、六三五、三四九円と被告会社の買掛残代金八八二円以上合計金一、六三六、二三一円およびこれに対する原告が最後に売り渡した日より後である昭和三四年一二月三一日から右完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、その履行を求める原告の本訴請求は、理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担ならびに仮執行の宣言につき民事訴訟法第八九条、第一九六条第一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 島崎三郎)